Ⅶ 訴訟による解決-●MRI画像所見なし、初診時の意識障害なし、しかし、高次脳機能障害特有の症状を発症している事案-
- 1 問題の所在
- (1)現実に生じている問題点
- (2)高次脳機能障害-非器質性と器質性とで区別した扱い
- (3)局在性脳損傷とびまん性脳損傷の区別
- (4)問題の解決方法
- 2 裁判例分析
- (1)札幌高裁平成18年5月26日判決(肯定例)
- (2)大阪高裁平成21年3月26日判決(肯定例)
- (3)名古屋地裁平成23年5月13日判決(否定例)
- 3 考察
- (1)器質性の高次脳機能障害のルーリング
- (2)③その他の事情の分析
- (3)まとめ
- 4 終わりに
1 問題の所在
-明らかに高次脳機能障害特有の症状を発症している方でも、損保料率機構損害調査事務所の採用する判断基準では、十分な等級評価を受けているとは言い難く、十分な救済を受けているとは言えない方々がいらっしゃること-
(1)現実に生じている問題点
自賠責の等級認定の実務では、明らかに高次脳機能障害特有の症状を発症している方であっても、MRI画像所見がなく、初診時に意識障害もなかった事案は、得てして高次脳機能障害を発症したとはいえないという評価(せいぜい後遺障害12級程度の評価)がなされてしまいます。
他方、医学の世界では、脳内に細かな損傷があってMRI画像に映らないとしても、高次脳機能障害を発症することはあり得るとされています。
そして、現実の世の中には、明らかに高次脳機能障害特有の症状を発症していながら、悲しいかな、発症していないことを前提とした賠償額の提示しか受けられていない方々が大勢いらっしゃるのです。
まず、何故このような問題が生じるのかをご説明したいと思います。
(2)高次脳機能障害-非器質性と器質性とで区別した扱い
知能・記憶・注意・遂行機能障害などの症状が現れる高次脳機能障害は、後遺障害等級認定の世界では、病状の発生原因を①脳の器質的な損傷(脳損傷)を原因とするものと②非器質性(例えばストレス反応、うつ病)の何らかの原因に求めるものとに区別されて扱われています。
この区別は、損保料率機構の言い分によれば、「後遺症の範囲を適切に確定するため」に行われる等と言われています。
いわく、非器質性による高次脳機能障害(非器質性精神障害)は、将来に改善しうるため後遺症と認定できず、また、その精神症状は被害者の素因も原因の一つなので、損害の全てを加害者の責任とすることはできないから、器質性の高次脳機能障害と区別する必要がある等と言うのです。
なお、「高次脳機能障害」という用語は、世の中ではⅰ「器質性による高次脳機能障害」のみを意味するものとして用いられていたり、ⅱ「器質性または非器質性を原因とする知能・記憶・注意・遂行機能障害などの症状」を意味するものとして用いられていたりする場合が混在しています。
(3)器質性脳損傷-局在性脳損傷とびまん性脳損傷
器質性脳損傷の高次脳機能障害には、第1級から第9級の等級認定の対象となります。そして、器質性脳損傷は、脳の損傷の態様によって、二つに分類されます。
一つは、脳の特定部分に損傷が生じる「局在性脳損傷」であり、もう一つは脳の全体に細かい損傷が生じる「びまん性脳損傷」(びまん性とは広く拡散している状態をいいます。)です。
しかし、「びまん性脳損傷」は、MRI画像に損傷が写らないことがあります。また、その程度にも幅があり、軽度なときには意識障害が生じない場合もありえます。
そのため、明らかに高次脳機能障害特有の症状を発症しているにもかかわらず、客観的証拠に基づく器質性(脳損傷)の立証がなされていないことを根拠に、非器質性の精神障害という判断がされ、第14級等の低い等級認定がされてしまうのです。
(この「器質性の立証の困難性」というポイントは、裁判例の分析を進めるうえでも重要なポイントになります)
(4)問題の解決方法-自賠責異議申立てではダメ
では、明らかに高次脳機能障害特有の症状を発症している方が、MRI画像での異常所見や初診時の意識障害もなく、器質性の高次脳機能障害を発症したとはいえないという評価(後遺障害12級、14程度の評価)がされてしまった場合にどうすればいいのでしょうか。
まず、後遺障害等級認定に対して異議を申し立てることは、等級についての判断は覆るとは思えず時間の無駄となってしまうのが現実だと考えます。
私は、こういう方こそ、裁判を起こして救済の道を求めるべきだと考えています。つまり、器質性の高次脳機能障害であることを裁判所に主張して、適切な賠償を求めるのです。
確かに、裁判所の裁判例を瞥見すれば、異常所見がなく意識障害がない場合に、器質性の高次脳機能障害が認められることはなかなか厳しいのが現実です。
しかし、裁判例に詳細に検討し判例の傾向を理解したうえで立証活動をしていけば、多少なり症状の重さを考慮した和解案を出してもらえる可能性があると考えています。
そこで、以下で、「画像上の異常所見も意識障害もないが、器質性の高次脳機能障害に特有の症状だけはみられる事案」に関する近時の関連裁判例をご紹介し分析したうえで(下記2)、どのような立証活動をすべきかについて考察したいと思います(下記3)。
2 裁判例分析
-画像所見なし、意識障害なしの高次脳機能障害事案について-
(1) 札幌高裁平成18年5月26日判決(肯定例)
高次脳機能障害の定義、症状、被害者の事故前の状況、当該事故の状況、事故直後の被害者の状況、その後の被害者の状況、診療経過、鑑定の結果等を総合考慮したうえでの司法上の判断として結論を導いた。
1、判旨
(1)びまん性軸索損傷の判断の困難性
「びまん性軸索損傷の診断は、臨床的に難しい場合が多いが、その理由は2つある。
第1は、びまん性軸索損傷は、…CTやMRIを用いても異常がはっきりしないことが多く、…症状と一致した客観的証拠が得られにくい。
第2は、びまん性軸索損傷の重症度に…程度があり、中等度又は軽度のびまん性軸索損傷では意識障害も比較的早く回復し、CTやMRI上で異常がなければ脳外傷はないと急性期には見過ごされる可能性がある。」
「…このような場合は、神経心理学的な検査による評価に、PETによる脳循環代謝等の測定結果を併せて、びまん性軸索損傷の有無を判定していくことになる。」
(2)高次脳機能障害と判断するための要素について
「財団法人日弁連交通事故相談センター札幌支部及び札幌弁護士会法律相談センター運営委員会が発行している「高次脳機能障害相談マニュアル」によれば、①交通事故による脳の損傷があること、②一定期間の意識障害が継続したこと、③一定の異常な傾向が生じることの事項に該当する場合、高次脳機能障害の可能性があるとされ、同様の基準を判示した裁判例も存在する。」
「しかし、②の要素に関しては、意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳機能障害が起きるかどうかについては見解が分かれており、…今後もその解明が期待される分野であることからすれば、②の一定期間の意識障害が継続したことの要素は、厳格に解する必要がないものといえる。」
(3)上記要素(「高次脳機能障害相談マニュアル」)の検討
①本件事故による脳損傷の存否
本件事故態様(事故態様)からすれば、「加速損傷により、びまん性軸索損傷をした可能性がある。」「しかし、…X線写真、CT画像、MRI画像では、脳室拡大や脳萎縮といった外傷を疑わせる外見上の形跡が見当たらなかった」(異常所見の存否)。
しかし、「控訴人は、医学的見地からすれば、本件事故により脳に損傷を負ったとは、明確には断定はできないといえる」。
②意識障害の有無
意識障害の有無については、「…必ずしも厳格に解する必要はなく、控訴人のように目の前が真っ暗になった程度であっても、充足していると解する余地がある」(意識障害の有無)。
③一定の異常な傾向の存否やその整合性
「…控訴人には、本件事故により、一定の異常な傾向が生じたということができるが、控訴人の大学入試センター試験の成績は」、悪すぎない成績であり、「Q教授が実施した前頭連合野の機能テストで…通常のIQの場合「精神遅滞」とみなされる値であることとは必ずしも整合しない」(異常な傾向と整合性)。
(4)結論
①医学的見地からの結論
以上のとおり、控訴人の事例が、高次脳機能障害の要素を充足しているかについては、医学的見地から十分な判断ができない状況にある。
②司法上の判断
しかし、「…当裁判所の判断は、司法上の判断であり、医学上の厳密な意味での科学的判断ではなく、本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも検討し、なおかつ、外傷性による高次脳機能障害は、…現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい場合」や「昏睡や外見上の所見を伴わない場合は、その診断が極めて困難となる場合」があり得るため、真に高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける場合があることをも考慮し、当裁判所は、控訴人が本件事故により高次脳機能障害を負ったと判断する。
2、分析
本件札幌高裁判決から、高次脳機能障害該当性の判断基準は読み取りにくい。その原因は、高次脳機能障害該当性を判断する際に用いる視点と要件・考慮要素の双方が密接に絡み合い問題となっているからである。
札幌高裁判決以後、地裁レベルでは、画像所見のない事案での高次脳機能障害発症を否定する裁判例が続出しており、札幌高裁判決は救済事例に過ぎなかったと評価すべきなのかもしれません。
(1)高次脳機能障害該当性判断の視点
まず、①いかなる視点から高次脳機能障害該当性の判断をするかという問題について、本件札幌高裁判決が判示するところを分析します。
本件札幌高裁判決は、高次脳機能障害該当性を判断する際に、「高次脳機能障害相談マニュアル」が用いる基準及び要件を示した(判旨(2))。その上で、要素の一つである①脳損傷の存否の判断で、本件事案では「…医学的見地からすれば、…脳に損傷を負ったとは、明確に断定できない」と述べる(判旨(3)①)。また、最後の結論の箇所でも、「…高次脳機能障害の要素を充足しているかについては、医学的見地から十分な判断ができない」と述べる(判旨(4)①)。このように、医学的見地から高次脳機能障害該当性を肯定することは困難である旨を示した。
しかし、それに続き、「当裁判所の判断は、司法上の判断であり、医学上の厳密な意味での科学的判断ではない」と示している。すなわち、高次脳機能障害該当性の判断は、医学的見地からの科学的判断でなく、司法上の判断である旨を判示する。
なお付言すれば、これは、自然科学的な意味での判断と司法の世界で用いられる心証形成の程度の判断(=10中の8、9そうだろうな、という意味での高度の蓋然性の立証がなされているか否か=裁判レベルでの「証明」の意義)では異なるということを意味しています。
以上より、①いかなる視点から高次脳機能障害該当性の判断をするかという問題について、本件札幌高裁判決は、医学的見地から科学的判断ではなく司法上の判断を行うことを判示した。
では、高次脳機能障害該当性を司法上の判断として行う場合には、どのような基準で判断を行うのであろうか。
(2)高次脳機能障害該当性の判断方法
そこで、次に、②高次脳機能障害該当性を判断する場合にいかなる要件を満たす必要があるか、あるいはいかなる要素を総合考慮する必要があるかという問題について、本件札幌高裁判決が判示するところを分析する。
本件札幌高裁判決は、「高次脳機能障害相談マニュアル」の基準を示し、仮に、これに従って高次脳機能障害を判断するとすれば、「意識障害の継続」の要素の該当性判断を緩和するとしても(判旨(3)②)、3つの要素の充足が必要であり、「高次脳機能障害の要素を充足しているかについては、医学的見地から十分な判断ができない状況にある」と述べ、本件事案の要素充足を否定する(判旨(4)①)。
ここで注目すべきは、仮に、「高次脳機能障害相談マニュアル」の基準に従う場合には、医学的見地から判断して、3つの要素は要件としてその充足が求められている点である。つまり、要素の1つでも欠ければ、高次脳機能障害が認められないとする判断基準があることが示されている。
しかし、本件札幌高裁判決は、このような判断の枠組み自体を否定して、「当裁判所の判断は、司法上の判断である」として(判旨(4)②)、「高次脳機能障害相談マニュアル」の3つの要素に加えて、「本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも検討し、なおかつ、…真に高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける場合があることをも考慮し」て(判旨(4)②)、高次脳機能障害を判断すると判示している。
ここで注目すべきは、司法的見地から判断することとし、3つの要素を要件とするのではなく、それらを高次脳機能障害該当性判断の一考慮要素として、その他の考慮要素(事故直後の症状、日常生活における行動や司法的救済の必要性)とともに総合考慮して、「事故によって(器質性の)高次脳機能障害が生じたか」を判断するという判断の枠組みが採用されている。
なお、付言すれば、司法的救済の必要性を考慮要素の一つとしたのは、「現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい場合」や「…その診断が極めて困難となる場合があり得る」ことを理由とするのであるから(判旨(4)②)、本件札幌高裁判決が事実認定で、「びまん性軸索損傷の診断は、臨床的に難しい場合が多い」と判断したことが前提となります。(判旨(1)は、結論に繋がる重要な判断であるといえる。
(2) 大阪高裁平成21年3月26日判決(肯定例)
画像所見に基づく医学検査の結果を1つの要素としつつも、事故態様、事故後の被害者の治療状況、被害者の事故前後の状況の比較等を総合的に考慮して判断すべきである、とした。
1、判旨
(1)びまん性軸索損傷の特徴
びまん性軸索損傷は、臨床的には何ら頭蓋内占拠性病変を伴わないのに、受傷直後から高度の意識障害が続くような状態と定義される。言い換えると、CTなどで調べても明らかな脳挫傷や頭蓋内血腫がないにもかかわらず、昏睡が続いている状態を指す。
最近の研究によれば、受傷直後に断裂する神経軸索はむしろ少なく、少し遅れて軸索の断裂が起きると考えられている。また、CTやMRIで両側性の脳腫脹や脳梁、脳室周囲、上部脳幹部に散在性の出血や挫傷像を見ることも多いが、何ら異常を認めないこともある。
びまん性軸索損傷の診断は、臨床的に困難である場合が多い。
その理由としては、ⅰびまん性軸索損傷は局所の脳損傷と異なり、CTやMRIを用いても異常がはっきりしない場合が多く、症状と一致した客観的証拠が得られにくいこと、ⅱびまん性軸索損傷の重症度には程度の差があり、(受傷直後から高度の意識障害がありそれが遷延するような場合は格別)、中等度又は軽度のびまん性軸索損傷では意識障害も比較的速く回復するため、CTやMRI上で異常がなければ脳外傷はない、と急性期には見過ごされる可能性があることが挙げられる。
(2)自賠責保険が高次脳機能障害の認定に用いる要素
①総論
「自賠責保険が高次脳機能障害の認定に用いる要素として、以下aないしeが挙げられ、このような要素に該当する症状であれば、高次脳機能障害が問題となる事案として、自賠責保険審査会の高次脳機能障害専門部会で審査・認定を受けられるシステムになっている。」
「a 初診時に頭部外傷の診断があること。
b 頭部外傷後に以下のレベルの意識障害があったこと。
c 経過の診断書又は後遺障害診断書に、高次脳機能障害、脳挫傷、びまん性軸索損傷、びまん性脳損傷等の記載があること。
d 経過の診断書又は後遺障害診断書に、上記cの高次脳機能障害等を示唆する具体的な症例が記載されていること、また、WAIS-Rなど各種神経心理学的検査が施行されていること。
e 頭部画像上、診断時の脳外傷が明らかで、少なくとも3か月以内に脳室拡大・脳萎縮が確認されること。」
②意識障害の要素(b)について
「しかし、bの要素に関しては、短期間の意識消失が起こる軽度頭部外傷でもより軽いびまん性軸索損傷が起こるとする趣旨の文献や、意識障害の伴わない頭部外傷によるびまん性軸索損傷の存在を示唆する文献も見られ、意識障害がないことのみにより、びまん性軸索損傷を含む脳の器質的損傷が生じていないと断定することはできない」。
③画像所見の要素(e)について
「また、eの要素に関しても、局在性損傷のないびまん性軸索損傷のみの脳外傷については、CTやMRIの画像所見では発見しにくく、画像診断において見落とされる可能性が高いとする趣旨の文献があり、意識障害についてと同様に、現在の画像診断技術で異常が発見できない場合に、外傷による脳の器質的損傷が存在しないと断定することはできない」。
(3)判断基準
「高次脳機能障害は、画像所見での発見が困難な脳損傷によっても生じえるのであって、その旨を記した文献も複数みられる。
したがって、…本件事故による高次脳機能障害が残存するかどうかの判断は、画像所見に基づく医学検査の結果を一つの要素としつつも、事故態様、本件事故前と本件事故後の状況の比較等を総合的に考慮して判断すべきである。
(4)あてはめ(考慮要素)
「確かに、…頭部X線検査、頭部CT検査及びMRI検査において異常所見が認められていない(異常所見)。」
「しかしながら、…控訴人は、本件事故により頭部に極めて大きな外力を受けて頭部外傷の傷害を負ったこと(事故態様)、
その結果、本件事故後の控訴人には、意識喪失が生じ、比較的早期に意識回復したとはいうものの、見当識障害があり、意識清明に戻るには一定の時間を要したこと(意識障害)、
控訴人の本件事故後の症状は、典型的な高次脳機能障害症状を呈しており、高次脳機能障害と認定しても全く矛盾がないこと(事故後の症状)、
本件事故前の控訴人には、器質性であるか非器質性であるかを問わず、精神障害はなく、知能が普通よりも高目と見られたのに、本件事故後の知能検査の結果では、ほぼ正常の範囲内にあるものの軽度の知的障害も認められること(知能検査)、
本件事故後2回にわたって行われたSPECT検査では、軽度ではあるが脳血流の低下が認められていること(SPECT検査)、
本件事故後に控訴人を長期間にわたり治療して認知リハビリにあたった医師は、控訴人の本件事故後の症状を高次脳機能障害と診断して後遺障害診断書に記載していることが認められる(医師の診断)。
これに対し、本件事故後の控訴人に本件事故による以外の原因として、器質性であれ非器質性であれ精神障害が発生したことを認めるに足りる証拠は存在しない(精神障害発生の不存在)。
(5)結論
以上を総合して考えると、上記の各検査で異常所見が認められていないことを考慮しても、控訴人の本件事故後の症状は、高次脳機能障害の症状であると認めることができ、これは本件事故によって発生したと認められるから、優に本件事故との因果関係があることを肯定することができ、他の原因に基づくものということはできない。
(6)被告(被控訴人)の反論に対する判断
①反論Ⅰ :因果関係の不存在
「高次脳機能障害の症状が存在するものの、これが本件事故による高次脳機能障害であることの立証はなく、本件事故とは無関係な非器質的精神障害に過ぎない」と反論する。
しかし、「控訴人は、本件事故前には精神障害のない健常者であり、控訴人の本件事故後の症状の原因として、本件事故による高次脳機能障害以外に、具体的にその原因として的確に推認できるものは見当たらないから、被控訴人らの主張は採用することができない」。
②反論Ⅱ :異常所見の不存在
「高次脳機能障害の判断要素である脳実質の萎縮、脳室拡大等の脳の器質性損傷を示す異常所見も、本件事故後一定期間の見当識障害も認められず、本件事故後の控訴人の症状が脳の器質性損傷によることが裏付けられていない」と反論する。
しかし、「…CT、MRI、PET検査によって器質的損傷のデータが得られない場合でも脳外傷と診断すべき少数の事例があるとする高次脳機能障害における医学的所見もあることに照らせば、…脳の器質性損傷を示す異常所見が見あたらないからといって、…脳の器質性損傷によることを否定することは相当ではない」。
③反論Ⅲ :非器質的精神障害の可能性
「本件事故後の症状で、非器質的精神障害(例えば外傷性神経症)や頚椎捻挫等であるとしても説明が可能である。」と反論する。
しかし、「厚生労働省の精神・神経の障害認定に関する専門検討会報告書においては、…非器質的障害は完治し得るもので、業務による心理的負荷を取り除き、適切な治療を行えば、多くの場合概ね半年から1年、長くても2、3年の治療により完治するのが一般的であるとされ、また、持続的な人格変化は、器質的病変に伴って発現するのが大部分であって非器質的障害ではほとんど出現することはないとされていることが認められる。控訴人の本件事故後の症状は、上記認定の非器質的精神障害の特性とは整合していない」ので、高次脳機能障害を否定することはできない。
2、分析
本件大阪高裁判決は、以下のような点に特徴がある。
第1に、びまん性軸索損傷の特徴について判示した点である。
本件大阪高裁判決は、判旨(1)でびまん性軸索損傷が生じた場合であっても意識障害が早期に回復する場合もあり、また、異常所見が認められない場合もあることから、その診断が困難であることを示している。
第2に、判断基準として総合考慮基準をとることを明示し、その際に考慮する事情を明示した点である。器質性の高次脳機能障害の判断基準については、自賠責基準や厚労省基準など、異なる基準がいくつか存在する。
しかし、本件大阪高裁判決は、いずれかの基準を採用するのではなく総合考慮することとした。
また、総合考慮基準で考慮する事情として、「画像所見に基づく医学検査の結果を一つの要素としつつも、事故態様、本件事故前と本件事故後」を示し、判旨(4)のあてはめでは、異常所見、事故態様、意識障害、事故後の症状、知能検査、SPECT検査、医師の診断、精神障害発生の不発生を具体的に考慮している。
第3に、異常所見の存在が不可欠の要素でないことを示した点である。すなわち、判旨(6)②では、「…脳の器質性損傷を示す異常所見が見当たらないからいって、…脳の器質性損傷によることを否定することは相当でない」と判示して、異常所見の不存在が器質性の高次脳機能障害を直ちに否定するものでないことを示した。
第4に、非器質性障害の特徴を示した点である。すなわち、高次脳機能障害が争点になるのは、それが脳の器質性によるものなのか、非器質性によるものなのかが争点となっているのである。
そして、本件大阪高裁判決は、「…非器質的障害は完治し得るもので、…適切な治療を行えば、多くの場合概ね半年から1年、長くても2、3年の治療により完治するのが一般的である」とし、「持続的な人格変化は、器質的病変にともなって発現するのが大部分であ」ると判示し、非器質性障害の回復性について判示した。
(3)名古屋地裁平成23年5月13日判決(否定例)
本件裁判例は、下記の通り判示して高次脳機能障害の存在を否定した裁判例で、高次脳機能障害事案における厚生省基準の位置づけを示した点で注目される裁判例である。
しかし、その点にとどまらず、高次脳機能障害が存在するか否かについての判断のフレームワークを示している点でも注目されるべき裁判例といえる。
1、判旨
(1) 自賠責保険の判断基準の本件への適用
自賠責保険の脳外傷による高次脳機能障害と診断する重要ポイントとしてあげる4点に照らして、本件事故後の原告の状況をみると、
①頭部外傷 急性期における意識障害の程度と期間
半昏睡以上の意識障害の6時間以上の継続も軽症意識障害の1週間の持続もない。
②家族や実際の介護者や周辺の人が気付く日常生活の問題
原告の主張するエピソードは、いずれも些細な物忘れやいらつきを表したエピソードに過ぎない。また、これら症状は本件事故から3ヶ月ほど経過した後のものであり、本件事故によるものとは容易に認め難い。
③画像所見
原告にはこれに対応する画像所見はない。
④内因的要因の存否
原告の症状は、本件事故から3ヶ月くらいが経過して発症したのであり、外傷による慢性硬膜下血腫や脳室拡大の進展なども認められないのであるから、外傷とは無関係に内因性の痴呆症が発症した可能性が高い。
従って、自賠責保険における脳外傷による高次脳機能障害とする重要なポイントを基準にすれば、原告は本件事故により高次脳機能障害になったとは認め難いということになる。
(2) 厚生労働省高次脳機能障害支援モデル事業の高次脳機能障害診断基準
厚生労働省高次脳機能障害支援モデル事業の高次脳機能障害診断基準(案)に従ったうえで判断すれば、原告は、
①平成19年10月15日に交通事故にあった(受傷の事実を確認)、
②仕事上のミスや記憶障害に基づく症状がある(生活上の制約)、
③MRIでは明らかではないが、PETでは典型的で器質的脳病変がある、
④身体障害や受傷前には何ら症状がなく、また、先天性疾患、発達障害、進行性疾患の既往がない、など高次脳機能障害診断基準に合致しているとして、本件事故により高次脳機能障害になったとも思える。
しかし、
①について
交通事故は存在するものの②の症状が現れるまでに3ヶ月ほどが経過していてその関連性は必ずしも明らかではない。
②について
これらの症状はいずれも軽度である。
③について
PETはあくまで機能画像であり、脳の器質的な損傷を意味しない。PETで異常所見が出たからといって、直ちに脳損傷の存在が推認されるものではない。
(3) 厚生労働省高次脳機能障害支援モデル事業の高次脳機能障害診断基準の扱いについて
厚生労働省高次脳機能障害支援モデル事業の高次脳機能障害診断基準では、事故と症状の出るまでにかなりの期間のあることはあまり重視されない。
しかし、上記基準は、厚生労働省の福祉行政的な観点からの基準であるから、実際に生活上の支障が生じ、脳の器質的損傷がMRI等で確認できなくても、PET等で機能の異常が確認でき、そのような障害の発症する原因となりうる事故などが存在すれば広くこれを認めることができるとすることは、障害者福祉的な観点からは優れているともいえるので、そのような判断もその意味では正当なものであると考えられる。
しかし、単に患者を保護するだけでなく、加害者とされた者に損害賠償責任を負わせることとなる不法行為の認定の基準としては、これをそのままに採用することはできない。
(4) 事故後の意識障害の有無について
意識障害の存在の要件を自賠責の基準より緩和して、同基準のような長時間の意識障害まで必要ないとしても、ごく短時間の意識障害の発生についてもこれを認識しえない原告については、本件事故による高次脳機能障害を認定することも困難である。
(5) 仮に原告の症状が重度あった場合
原告の症状が軽度なものではなく、もっと高度なものであれば、そのよう症状が生じる原因としては、3ヶ月ほどとやや症状の発生までに時間の経過があるものの、本件事故による脳損傷しか考えにくいと捉える方向の事情になると思われる。
しかし、原告の症状が軽度である本件においては、その程度の物忘れ等は本件事故による脳損傷がなくてもありがちなことであるとも考えられるのであり、なおさら、本件事故による発症ということが認定しにくいといわざるをえない。
(6) 結論
他に、本件事故により原告に高次脳機能障害が後遺障害として残ったと認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件事故による後遺障害は認められない。
2、分析
本件裁判例は上記のような判断で高次脳機能障害を否定した。ここで、注目すべき点は、以下の2点ある。
(1)行政の判断基準と損害賠償のための判断基準との区別について
第1に、本件裁判例は、上記判旨(3)で示すように、行政の判断基準は不法行為責任の判断のために高次脳機能障害の存否の判断に適用すべきでないとした。
その理由として、本件裁判例は行政による社会福祉の実現という目的と不法行為制度の目的が異なることを示した。
すなわち、行政の判断基準は福祉的観点から広く高次脳機能障害を認めるべきであるが、不法行為制度の目的は損害の公平な分担にあり、その目的を異にするから、行政の判断基準を不法行為責任の判断のために高次脳機能障害の存否を判断する際に適用すべきでないとした。
(2)高次脳機能障害の判断基準について
第2に、本件裁判例は、高次脳機能障害の存否の判断について特定の判断基準を採用していない点に注目すべきである。
すなわち、一見すると、本件裁判例は、上記判旨(1)で示すように自賠責保険の判断基準を採用して、上記判旨(3)で示すように行政の判断基準の採用を否定して、本件で高次脳機能障害の存在を否定したようにも思える。しかし、このように本件裁判例を読むべきではない。
なぜなら、上記判旨(1)では結論において「したがって、自賠責保険における…基準にすれば、…高次脳機能障害になったとは認め難いということになる」とのみ示すだけであり、高次脳機能障害の存否の判断として自賠責保険の基準を採用するとは示していない。
これは、自賠責保険における基準を高次脳機能障害の存否の判断基準とするならば、上記判旨(1)で結論を述べれば高次脳機能障害の存否の判断は完結するにもかかわらず、本件裁判例は上記判旨(1)に続いて、上記判旨(2)ないし判旨(5)において高次脳機能障害の存否を検討していることからも分かる。
さらに、上記判旨(5)において、「原告の症状が重傷の場合」を仮定して、そのような場合には、「本件事故による脳損傷しか考えにくいと捉える方向の事情になる」として、自賠責保険の判断基準では必要不可欠な意識障害の存在や画像所見の存在がなくても、高次脳機能障害が認められうることを示していることからも、本件裁判例が自賠責保険の判断基準を高次脳機能障害の存否の判断基準として採用していないことが分かる。
3 考察
-MRI画像所見なし、初診時の意識障害なしだが、高次脳機能障害特有の症状を発している事案で、裁判所にどの様な基準を採用してもらったうえ、どの様な判断を求めるべきか-どの様な立証活動をすべきか-
(1)器質性の高次脳機能障害のルーリング
ア、総論
最近の裁判例では、器質性の高次脳機能障害の存在は、①意識障害の存在、②異常所見の存在及び③その他の事情を考慮して判断されている。そして、これら要素が充足すれば、器質性の高次脳機能障害を肯定している。
しかし、あくまでこれら3要素は器質性の高次脳機能障害を肯定するための要素であり、これら3要素が欠けたとしても、器質性の高次脳機能障害の存在を否定することはできないとする。
そして、3要素のうち、①意識障害の存在と②異常所見の存在を欠く場合には、
③その他の事情を用いて総合考慮によって器質性の高次脳機能障害の存在を肯定することができるとする。
そのため、意識障害や異常所見がなくても器質性の高次脳機能障害が認められる余地は残っていると解釈できます。
もっとも、②異常所見の存在が肯定できないのではなく、異常所見が不存在と証明された場合には、③その他の事情を用いて器質性の高次脳機能障害の存在を肯定することはできないとされる。
このようなルーリングを用いるのは、ⅰ各考慮要素が有する器質性の高次脳機能障害の存在に対する推認力とⅱ立証の困難性が理由である。
イ、ⅰ各考慮要素の推認力
まず、①意識障害の存在と②異常所見の存在を、③その他の事情から独立して一つの考慮要素としているのは、①意識障害の存在と②異常所見の存在が器質性の高次脳機能障害の存在を強く推認するからと考えられる。
器質性の高次脳機能障害と非器質性の高次脳機能障害とでは現れる症状が似ていること、また、その症状の分析は人間が行うため主観が介在することから、現れた症状(患者の訴え、知能指数検査、PET、SPECT、事故後の症状、事故以外の事由の不存在など)が有する器質性の高次脳機能障害の存在に対する推認力は小さい。
それに対して、①意識障害の存在と②異常所見の存在は、器質性を直接基礎付け、一律客観的に判断が可能なため、ほかの事情と比べて器質性の高次脳機能障害を強く推認するのである。
ウ、ⅱ立証の困難性
次に、①意識障害の存在と②異常所見の存在がなくても、その他の事情により器質性の高次脳機能障害を肯定する理由は、以下の通りである。
第1に、意識障害の存在については、意識障害の伴わない頭部外傷によるびまん性軸索損傷が起こるとする趣旨の文献があることや、
びまん性軸索損傷の程度によっては意識障害も比較的早く回復し見過ごされること(裁判例①判旨(1)、裁判例②判旨(2)②)から、
意識障害がないことのみにより、びまん性軸索損傷を含む脳の器質的損傷が生じていないと断定することができないのである。
第2に、異常所見の存在については、びまん性軸索損傷の脳外傷については、画像所見が発見されにくく(裁判例①判旨(1)、裁判例②(1)(2)③)、画像所見が発見されないからといって、びまん性軸索損傷が生じていないと断定することができないのである。
以上から、①意識障害の存在や②異常所見の存在がなくても器質性の高次脳機能障害が不存在であると断定することはできず、③その他の事情から器質性の高次脳機能障害が肯定できるとするのである。
(2)③その他の事情の分析
ア、総論
以上の通り、①意識障害の存在や②異常所見の存在を証明することが、裁判所に器質性の高次脳機能障害を認めてもらいやすい手段といえる。しかし、繰り返し述べてきたように、①意識障害の存在や②異常所見の存在が証明できないとしても、
③その他の事情を証明して裁判所に器質性の高次脳機能障害を認めもうらう道は必ずしも閉ざされているとまでは言い切れない。
では、どのような事情を、③その他の事情として主張すべきか。
イ、裁判例で用いられた③その他の事情
上述した裁判例から、③その他の事情としてどのような事情が用いられたかを分析してみる。
ⅰ 札幌高裁判決(裁判例①)
まず、札幌高裁判決(裁判例①)では、判旨(4)で「本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも検討し、なおかつ、…真に高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける場合があることをも考慮し、当裁判所は、控訴人が本件事故により高次脳機能障害を負ったと判断する」と判示する。
このことから、事故直後症状、事故直後の日常生活における行動や被害者の救済の必要性を考慮していることが分かる。
さらに、「…日常生活における行動をも検討し」と判示していることは、それ以前に検討した事情も考慮要素となることを示している。
そして、それ以前に札幌高裁判決が検討した事情には、本件事故態様、神経心理学的検査結果、PETによる脳循環代謝の測定結果(以上、判旨(3)①)、意識障害の有無・程度(判旨(3)②)や一定の異常な傾向(判旨(3)③)がある。
ⅱ 大阪高裁判決(裁判例②)
次に、大阪高裁判決は、判旨(3)で考慮要素を明示する。
すなわち、事故態様、意識障害、事故後の症状、知能検査の結果、SPECT検査の結果、医師の診断結果、精神障害の発生の不存在や異常所見の存否を考慮している。
ⅲ 名古屋地裁判決(裁判例③)
それに対して、名古屋地裁判決は、考慮要素を明確に述べない。
しかし、PETについて「…あくまで機能画像であり、脳の器質的な損傷を意味しない。PETで異常所見が出たからといって、直ちに脳損傷の存在が推認されるものではない」と判示していることから、『直ちに』推認できないとしても、考慮要素の一つにはなることを示している(判旨(2)③)。
また、判旨(5)では、「原告の症状が軽度なものではなく、もっとも高度なものであれば、そのような症状が生じる原因としては、3か月ほどとやや症状の発生までに時間の経過があるものの、本件事故による脳損傷しか考えにくいと捉える方向の事情となる」と判示しており、症状の程度や症状が発生するまでの時間が考慮要素となっていることが分かる。
(3)まとめ
以上より、その他の事情として、以下の事情が考慮されていることが分かる。
・異常所見の存否
・意識障害の存否・程度
・事故態様
・事故直後症状/日常生活における行動(一定の異常な傾向)
・神経心理学的検査結果(知能検査の結果)
・医師の診断結果
・PETによる脳循環代謝の測定結果
・SPECT検査の結果
・精神障害の発生の存否
・被害者の救済の必要性
(ア) 異常所見の存否・意識障害の存否
そして、①意識障害の存在や②異常所見の存在が証明できない場合には、直ちに器質性の高次脳機能障害不存在と断定することはできないが、総合考慮の一要素にはなる。
(イ) 事故態様
また、事故態様について、自動車のスピード、衝突箇所、その際の被害者の姿勢や跳ね飛ばされた距離を具体的に示し、それが脳損傷を引き起こしうる程度の態様であった示す必要がある。
(ウ)事故直後症状/日常生活における行動(一定の異常な傾向)
さらに、事故直後症状/日常生活における行動(一定の異常な傾向)では、一人で買物に行けなくなったこと、道を覚えることができなくなったこと、事故直後から攻撃的な性格になったことや学校の成績が著しく下がったことを具体的に示す必要がある。また、その際に、これら事情が生じた時期が「事故直後」であることも忘れずに示さなければならない。
(エ)神経心理学的検査結果(知能検査の結果)
次に、神経心理学的検査結果(知能検査)について、言語IQと動作IQの著しい差が認められれば後天的な知能低下とされる。また、事故前の知能指数が分かっていれば、それを基準として知能低下を証明することができる。そのため、神経心理学的検査を受ける必要がある。
なお、事故から長時間経過した後に、神経心理学検査を受け異常値が現れたとしても、「事故によるもの」ではなく「精神障害によるもの」との反論がされやすくなるので、神経心理学検査を「事故直後」に受ける必要がある。
(オ)医師の診断結果
また、事故直後に搬送された病院の診断医師が脳神経の専門医であるとは限らない。特に交通事故の場合、骨折の存否等が整形外科により診断され終わることが多い。さらに、脳神経の専門医だとしても高次脳機能障害は専門的分野であるから慎重な判断が求められる。
そのため、高次脳機能障害が疑われる場合には、高次脳機能障害を専門とする医師に長期間に渡り診断してもらうことが必要となる。
(カ)PET/SPECTの診断結果
PET/SPECTは、脳の機能を診断する検査である。そのため、脳の機能の低下があったとしても、直ちに器質性の高次脳機能障害が肯定されないのは、上述の裁判例の通りである。しかし、脳の機能の低下は器質性の高次脳機能障害の存在を少ないながらも推認しうるものだから、PET/SPECTの検査を受け、診断結果を取得しておく必要がある。
(キ)精神障害が生じていないこと
精神障害(たとえば、うつ病)などによっても高次脳機能障害(非器質性の高次脳機能障害)が生じる。
そのため、事故後に生じた高次脳機能障害が器質性の高次脳機能障害であると主張するために、精神障害が生じていないことを示す必要がある。具体的には、事故前に精神障害を有していなかったことを示す。
また、人格的変化や異常症状が持続していることを示す必要がある。さらに、事故直後に高次脳機能障害とされる症状が発生したことを第三者の視点から(医師の診断、神経心理学的検査)証明しておくことがここでも重要となる。
4 終わりに
この種の事案では、なかなか裁判所の実務の運用状況が厳しいものがあるのも事実です。
しかし、以上に説明しました通り、同種事案で先例としての拘束力を有した最高裁判例があるわけではなく、被害者にとっては決して裁判による救済の道が閉ざされているというわけでもないことも理解できます。
もちろん、甘い見通しで裁判を起こすことは、被害者にとって時間や費用を空費させてしまうことにもつながりかねないため、私達弁護士は依頼者を訴訟に誘導すべきか否か、慎重に見極めをしなければ被害に遭われた方を更に困難に陥らせてしまう危険性すら有していると身を以て感じています。
ただ、被害者本人様、そのご家族様、同種事案の相談を受けて困惑している行政書士さん、福祉・医療関係者の皆様には、この種の事案について「司法上の救済の道は、決して閉ざされていると決まったわけではない」ことをご理解頂き、本来、救われるべき者が救済されない事態を少しでも減らせれば良いな、と願っています。画像所見はないが、高次脳機能障害特有の症状を発している方々のご苦難につきもう少し多少なりとも議論が進めば、社会としてはいいんじゃないかな、と思います。
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