2、財産損害(積極損害、消極損害)と精神的損害の内訳とポイント
2-1 積極損害:
ざっくり分けると、以下の通りに分類できます。争いになるポイントの詳細は「訴訟による解決」の解説ページもご参照下さい。
1 積極損害
(1)治療に関係する費用全般
(2)入通院、看護に要する費用(入院雑費 付添看護費 入通院交通費 将来介護費など)
(3)その他、(補装具等の購入費用、学生の授業料、家屋改造費など)
(4)後遺障害等級認定の申請や損害賠償請求するのに必要不可欠な費用
(5)遅延損害金
1 積極損害
(1)治療に関係する費用全般
ポイント:客観的にみて必要かつ相当といえるか否か
(裁判所は症状固定日までの治療費は広く認める傾向にあるが、治療方法によっては、
過剰診療、不相当な高額診療として否定的な費用もある。)
ア 治療費
交通事故によって負ったケガの治療のために、病院などの医療機関を受診し、消炎剤や痛み止めの薬をもらったり、レントゲン画像を撮影してもらったりするなどして、検査・治療を受けることによってかかる費用です。
保険会社の運用としても裁判所の運用としても、治療費が支払われるのは原則的には症状固定日までに発生した費用です。
ⅰ ポイント~いつを症状固定日と判断するのか~(保険会社が治療費の打ち切りを通告してきた!)
青山はち子さんの「なんでまだ身体が全然治っていないのに」「治療費打ち切りなんて、話しが出てくるのよ!」というセリフは、被害者と損保担当者との間でよく起こるトラブルを表現しています。
症状固定の時期をいつと判断するかについては、被害者と損保とで争いの発端となりがちです。
損害保険会社の担当者としては、「この被害者は自分では手に負えない」と判断すると、損保お抱えの弁護士を介入させて損保の考え方に沿う解決を図ってきます(そういうマニュアル本を読んだことがあります)。損保側弁護士としては、話合いでは解決がつかないとみると、「債務不存在確認」の調停申立を検討していくのです。多くの一般人にとっては調停を含めた裁判手続きをほのめかされるとビックリして渋々和解に応じてしまうのではないでしょうか。
対 抗 策
損保の担当者は、治療費打ち切りを持ち出すとなかなか以後の治療費を支払おうとしないものなのですが、医師にしっかりと病状を伝え、症状固定日について医師の判断を仰いで下さい。
本来、症状固定日をいつと判断するかは医師が判断するものであって、保険会社が独自に判断する筋合いのものではないはずです。
治療費打ち切りを言われた後は、本当に治療が必要であれば、ご自身で健康保険を使って治療費の一部を立て替えておいて、後日、弁護士を介入させて保険会社に治療費の妥当性を認めてもらうべく争うべきだと思います。
保険会社は、打撲ならせいぜい3か月程度、捻挫ならせいぜい半年程度で症状固定に至るとして治療費の打ち切りの話しを持ち出し始めることが多いです。
ⅱ よく争いになる治療費~ブラッドパッチ治療費、レーシックなど
① 医学界でも議論が固まりきっているとは言い難い治療法の費用について
低髄液圧症候群のブラッドパッチ治療費など医学界でも治療の有効性について議論が固まりきっていない治療方法に要する費用については、保険会社との間でその必要性・相当性につき争いになることが多々みられます。
ブラッドパッチ手術というのは、脳内の髄液漏れを被害者本人の身体から採血した血液を頸部に注射して、血液の凝固作用によって蓋を作り、髄液漏れを防ぐことで症状を緩和させるというものらしいのですが、同手術費用の扱いについては、行政の運用も流動的です。近時、横浜地裁で画期的な救済判決が出ていますが、裁判例全体の傾向としては厳しい傾向にあると言わざるをえません。
なかなか医学界でも議論が固まりきっているとは言い難い治療方法にかかる費用については、司法の世界では、必要性・相当性の判断が辛いなと思うことが多いというのが実感です。和解案で中間的な解決が出来れば御の字でしょうか。
② レーシック手術費用について
他には、余り参考裁判例が少ない損害費目だったのですが、事故によって一眼を失明し、一眼については視力が極端に低下した場合のレーシック手術費用について、必要性・相当性を認めてもらったことがあります。
保険会社は、過去の裁判例が無い治療費については認めようとしない傾向があります。しかし、裁判所が依ってたつ基準は「必要かつ相当」と認められるか否かです。
裁判所の運用は、絶対不変のものではなく、時代の流れに応じて動くものなのです。
イ 鍼灸・マッサージ費用
交通事故によって負った傷害による痛みなどの症状を軽くするために、鍼灸院や整骨院などで施術を受けることによってかかる費用です。
鍼灸院や整骨院での施術は、病院等の医療機関での治療とは区別され、症状に対し有効性と相当性がある場合に損害として認められる傾向にあります。
治療を受けている担当の医師からの指示があった場合には、有効性・相当性が肯定される傾向にあります。
※裁判で頻繁に争われる損害費目です。整骨院・接骨院で施術を受ける際には、医師による指示を記録として残してもらうべきです。
ウ その他
①温泉治療費
傷の療養のために温泉を利用した場合にその費用が損害として認められるかについては、医師の指示があるなど治療上有効かつ必要がある場合に限られます。
また、認められたとしても金額は制限されることとなります。
※大けがの治療を目的として温泉にでも入って療養したいというのは人情です。回数が重なると結構な費用になるので、医師による指示を記録として残しておくべきです。
②入院中の特別室使用料
入院中に特別室を使用するという医師の指示ないし特別な事情がない限り、損害としては認められません。
③症状固定後の治療費
ほとんどの場合が損害として認められません。ただ、その支出が相当な場合には認められることもありますが、稀なケースといえます。
(2)入通院、看護に要する費用
ア 入院雑費
入院期間中には、寝具・衣類・ティッシュ等の日用雑貨を購入したり、電話代がかさんだり、新聞や雑誌を購入したりテレビをみたり、諸費用がかかるのが通常です。しかし、これらをイチイチ領収書等で立証を要するとすれば煩雑となってしまいます。
そこで、一般的に入院生活に要する費用を「入院雑費」として括って損害額を算定するという扱いがなされています。
入院雑費は、原則として、「1500円×入院日数」の式で算出します。
※ポイント:保険会社は、「1200円×入院日数」で計算。
裁判所基準の日額「1500円×入院日数」で計算した方が高くなります。
イ 入通院交通費
治療のため、医療機関等へ通院するために要した交通費です。
原則として、電車・バスによる通院費とされますが、症状の程度によりタクシー代も認められます。
また、自家用車を利用した場合は、実費相当額(ガソリン代)となります。ガソリン代は、1kmあたり15円で算定されるのですが、Na●i●imeさんのサイトを使うと、自宅から医療機関への距離を測定するのに便利です。
ガソリン代はそれほど大きくなることは少ない費目ですが、例えば都会で一人暮らしをしていたご子息が事故に遭い、親族が地方から高速道路を使って介護を担った事例では結構大きな金額になることもあります。
※多少、平均値からかけ離れた金額となっても、合理性があること(やむを得なかったこと)を説明できれば、裁判所は損害として認めてくれる傾向にあるというのが当職の実感です。
ウ 付添看護費
ポイント=付添看護が「労働」と評価できるか否か
交通事故の被害者の入通院に近親者が付き添った場合、付添いを労働と評価して付添いを余儀なくされたこと自体を損害として金銭的に評価した方が公平な場合があります。
例えば・・・
ⅰ 入院に付き添い看護した費用
・毎日の様に入院している被害者の下へ通った
・将来的な後遺症の程度が軽くなるように身体をマッサージし続けた
・下着や衣類を取り換えた、洗濯をした
・食事、排泄の手伝いをした
・ケガがひどくて身動きがとれなくなっている被害者に代わってナースコールのスイッチを押して看護婦さんと連絡をとってあげた
・薬の服用の手伝った
ⅱ 通院に付き添い看護した費用
・自家用車に被害者を乗せて病院まで送り迎えした
・足腰のケガで上手に歩けない被害者を連れて電車で送り迎えした
・自宅で何から何まで世話をした
などの場合には、付き添いは「労働」と評価しうる程度に至ったとして、付添看護費用が損害賠償の対象となり得るのです。
ⅲ 判断の抽象的な基準<とれる、とれない>の分かれ目
入通院付添費が賠償の対象となるか否かについては、
①医師の指示があった場合
②受傷の内容・程度、年齢等を考慮して付添看護の必要性が満たすか否か
上記どちらかに該当するか、という抽象的な基準が用いられています。
ⅳ 保険会社側のよくある主張
保険会社側は、
・病院が完全看護の態勢を採っているから
・被害者は若年者(子供)ではないから
などとして入通院付添費の必要性がなかったと、一般人の感覚からすると容易には受け容れがたいことを平気で主張してくることが多いです。
ⅴ 付添看護の必要性について~裁判所の考え方~
裁判所は、近親者による入院付添費を1日につき6500円と算定し、職業付添人を必要とする場合には実費全額を損害として認めるという一応の運用基準があるのですが、
・1日あたりの付添費をいくらと評価するか
・何日間分の付き添いを損害と認めて貰うかを巡って裁判では争いになります。
立証活動をする側としては、付添看護の必要性を立証するにあたり、
POINT1:付添看護の程度が「労働」と評価すべき程度に至っていたこと
POINT2:労働と評価すべきとして「いくら」と算定すべきか、類似事例との比較
POINT3:客観的に何日間の付添看護が必要だったと評価すべきか、医師の見解
の3点を中心に証拠を集める必要が出てくると思われます。
エ 将来介護費
症状固定日に至った後、さらには保険会社から賠償がなされた後も、後遺障害の程度が極めて重篤(後遺障害5級事案以上が多いです)な場合、生涯にわたり被害者の介護が必要となる事例もあります。
症状固定日から平均余命に達する年齢までの付添看護費が「将来介護費」として、医師の指示または症状の程度により必要性が認められれば損害賠償の対象として含められます。
※ポイント:将来介護費は、「平均余命まで」を終期とするので、将来介護費が認められれば通常はかなりの高額になりますし、日額をいくらと算定するかで大きな差が生じます。
和解案として将来介護費についてある程度の金額が示されている場合、和解に応じた方がよいのか、判決を選択した方が賠償額を大きくできるのか見極めが大切になります。
裁判例の傾向をよく分析して、判決を選択した場合、日額いくらと算定される事例なのかについて正確な見極めが必要になる損害費目だと考えています。
※例えば、41歳の男性の将来介護費用を試算しますと・・・・平均余命までは40年間あるので対応するライプニッツ係数は17.1591が前提となります。
下記の通り、日額をいくらと認定してもらえるかで、将来介護費用は大きく変わってきます。
日額6000円だと年間365日×17.1591(40年ライプ)=3757万8429円
日額3000円だと×年間365日×17.1591=1878万9215円
日額2000円だと×年間365日×17.1591=1252万6143円
日額1500円だと×年間年間365日×17.1591=939万4607円
将来介護費用は不要と判断されてしまうと・・・=0円
将来介護費は、原則として、平均余命までの間にかかる費用として算出されます。
分 類
①職業付添人による介護
②近親者付添介護費(身体の介護的な付き添いに限らず、「目が離せない」など看視的な付き添い介護費も認められている)
の場合に分けられます。
結論:将来介護費が認められるのか否か
①職業付添人による介護の場合
必要かつ相当な実費全額が認められる
②近親者付添の場合
①常時介護 を要する時は、1日につき8000円(或いは6500円~8500円)が損害として認められる目安となっています。
②随時介護(入浴、食事、更衣、排泄、外出等、日常生活動作(ADL)の一部の行動について介護を要する状態)を要する時は介護の必要性の程度・内容に応じて、相当な額を被害者本人の損害として認められるとされます(後遺障害3級以上の事案が圧倒的に多く、日額5000円とか6000円とか、事案によって結構バラつく)。
③看視的付添(身体的介護までは必要ないが目が離せない場合、常時介護と随時介護で区別)を要する場合においても、障害の内容・程度、被害者本人の年齢、必要とされる看視の内容・程度等に応じて、相当な額(随時看視の必要性あり-せいぜい3000円ぐらいの裁判例が多い)を定める場合があります。
日額をいくらと算定するかの判断要素
(例えば、高次脳機能障害の事案だと、実は本人で出来ることも多かったりするので、保険会社との間で金銭的評価について争われたりします。)
判断要素:
①介護を要する頻度
②介護の程度、内容、被介護者の体格など
③被介護者に暴力的傾向、パニック等が生じる可能性があるか否か、その程度
④介護を担う近親者が67歳に達した以降は職業介護費用として計算
私は、<一人暮らしを出来ている方に看視的な介護費用が必要なのか>という事案で結構、悩んだことがあります。和解で良かったハズ、と今でも思います。
(3)その他(補装具等の購入費用、学生の授業料、家屋改造費など)
ア 補装具、松葉杖、車いす等の購入費用
ぐらつく膝を固定するための補装具や切断された腕の代わりの義手、松葉杖、車いすなどの購入費用は、必要性が認められれば支払ってもらえます。
義歯、義眼、義手、義足、その他相当期間で交換の必要があるものは、将来の買い換え費用も原則として全額認められます。
例えば、
①40歳の男性が、膝関節の動揺(ぐらつき)を抑えるため、
②硬性補装具を7万円で購入し、
③耐用年数である3年程度で買い換えが必要な場合、
以下の通り計算をします。
ⅰ40歳男性の平均余命は40.69年。40.69年÷耐用年数3年=13.56より、平均余命まで14回買い換えが必要。
ⅱ購入費用7万円×中間利息を控除するためのライプニッツ係数
(0.8638+0.7462+
0.6446+0.5568+
0.4810+0.4155+
0.3589+0.3100+
0.2678+0.2313+
0.1998+0.1726+
0.1491+0.1288)=38万6834円
より、買い換え費用は、金38万6834円となります。
イ 学生の授業料、幼児等の学習費・保育費・通学付添費等
被害者の被害の程度、内容、子供の年齢、家庭の状況等を具体的に検討し、学習、通学付添の必要性が認められれば、相当な範囲で認められます。
事故との因果関係を認めてもらえるか否かは、個別具体的に検討されるべきものです。
EX:症状固定日まで約2年を要するような大けがをされている事案であれば、治療期間中に留年してしまったことによる授業料や下宿費用も損害として認められるでしょう。
ウ 家屋自動車改造費
被害者の受傷内容、後遺症の程度・内容を具体的に検討し、家や自動車の改造が必要と認められれば、相当な範囲の額が認められます。
(4)後遺障害等級認定の申請や損害賠償請求するのに必要不可欠な費用
ア 文書費等
診断書料等の文書料、成年後見開始の審判手続、保険金請求手続費用など、必要かつ相当な範囲で損害として認められます。
イ 弁護士費用
弁護士費用のうち、損害賠償認容額の10%程度は、事故と相当因果関係のある損害として認められます。
※裁判所に判決という形で判断を示してもらう場合は、損害額のおよそ10%相当額を、交通事故と因果関係のある弁護士費用の負担として加害者側に支払いを命じられるものですが、裁判上の和解で解決する場合には、せいぜい10%の半分程度の金額を調整金として加算した和解案を勧告されることが多いです。
(5) 遅延損害金
事故当日から損害賠償金が支払われるまで、年5%の割合による遅延損害金が認められます。
理屈のうえでは、事故発生当日に、損害賠償請求権という権利が発生し、直ちに損害賠償をしなければならないのに、現実の支払い日まで支払いが遅延した分、年5%の割合で計算した遅延損害金を賠償金に加えて公平を図っているのです。
※弁護士費用と同様、裁判所に判決という形で判断を示してもらう場合は、遅延損害金は満額支払われるものなのですが、裁判上の和解で解決する場合には、せいぜい5%の半分程度の金額を調整金として加算した和解案を勧告されることが多いです。