将来に発生する損害の賠償について
1、将来の不安、補償という本音
「将来どうなるかわからない。その分の補償もして欲しい。」という被害者の本音をよく聞きます。
他方、保険会社側からみると、「将来発生するか、しないか、よくわからない損害」については、容易には支払おうとせず、紛争になりやすい点です。
2、(将来の)治療関係費、手術費など
症状固定日以後の治療費は、賠償実務では事故による損害として認めず、後遺障害慰謝料として処理するという考え方が一般的です。
しかし、例えば、症状の内容、障害の程度(1~5級程度)によっては、将来の治療費についても損害賠償の対象として認めた裁判例も多々あります。
治療関係費のところに解説をしています。
3、逸失利益
(1)保険会社とのズレ
逸失利益とは、事故に遭わなければ得られたであろう利益(所得)であり、将来の所得を賠償させるという損害費目です。
高次脳機能障害事案では、逸失利益を計算するための
逸失利益=①基礎収入×②基礎収入労働能力喪失率×③労働能力喪失期間の①、②、③全ての要素で保険会社の提示と裁判所の考え方にズレが起こりがちです。
殊に、保険会社は、「高次脳機能障害といえども、徐々に病状は回復してくる」という理屈にたったうえ、
例えば後遺障害5級事案で、労働能力喪失期間が30年の事案で、
「事故後最初の10年間は労働能力喪失率79%」
「その後の20年間は、徐々に回復するので労働能力喪失率平均を56%」
などと主張してくることがあります。
(2)裁判所の考え方
絶対とは言えないのですが、障害の内容、程度に応じて、自賠責の後遺障害等級に応じて、労働能力喪失率を一律に計算することが多いです。
例えば、後遺障害5級事案であれば、労働能力喪失率79%を30年間で計算して判決や和解案を勧告することが多いと経験的に感じます。
4、将来介護費
(1)認められる基準
将来介護費は、医師の指示または症状の程度により必要性が認められた場合に、損害として賠償の対象となります。
介護施設内での職業付添人は、実費全額。
近親者付添費はおおむね1日6500円~8500円という基準があります。
ただし、具体的な介護の状況によって増減されるとされていまして、介護費を1日いくらと算定されるかによって、平均余命までの将来介護費の総額は大きくぶれてきます。
(2)将来介護費の日額はどのように増減されるか~
将来介護費の算定では、まず、①自宅介護か施設内での介護か、②職業付添人か近親者による介護かを分けて考えていきます。
次に、介護の状況として、ⅰ常時介護が必要なのか、随時の介護なのか、ⅱ介護の内容、ⅲ介護に拘束される時間などが検討されます。
簡単に言えば、被介護者が寝たきり状態なのか、食事や排せつ、お風呂といった日常生活動作まで自立して出来るのか否か、「その人を1人にしてはおけない状況なのか」といったことから判断されます。
日常生活状況報告書類や、介護士さんに自宅へ来てもらっている実態などの領収書や見積書などから立証していく必要があります。
(3)将来介護費には、身体的な介護のみならず、看視的(見守り、声掛け)な介護も含まれる点に注意!
保険会社は、後遺障害3~5級事案ぐらいの事案ですと、身体的な介護は必要がないから将来介護費の必要性はないと言ってくることが見られます。
しかし、裁判例では、身体的な意味での介護が必要ない事案であっても、看視的(見守り、声掛け)な介護も含めて考えるのが一般的です。
裁判を起こして、看視的な付添い介護費用を認めてもらえた事案だと、例えば1日1500円~3000円として算定される場合でも、1年間365日×30年(ライプニッツ係数は15.3725)、50年(ラ係数は18.2559)といった長期間では
日額1500円×365日×15.3725=841万6443円
日額3000円×365日×18.2559=1999万0210円
などと大きな差が生じてくることもあるのです。
(4)裁判例
被告運転の普通乗用自動車と原告運転の普通自動2輪車との間で発生した交通事故により、原告が受傷した事案。
この事案では、交通事故により、脳挫傷の傷害を負い、後遺障害として右片麻痺、右感覚障害、高次脳機能障害(脱抑制、記憶障害、失語、遂行機能障害、集中力低下、若年性認知症状態)、尿失禁などを残し、自動車損害賠償保障法施行令別表第1の後遺障害等級表第1級1号に該当するとの認定を受けた原告(男・症状固定時46歳・タクシー運転手、事故後は車椅子での生活を余儀なくされ、ADL(日常生活動作)は全介助の状態にある)の将来の付添介護費として、今後も通所施設を利用する蓋然性があること、夜間、早朝は妻の近親者介護が必要であることから、妻が67歳までは、平日(年240日)日額16000円、妻の公休日(125日)日額9000円と認め、妻が67歳以降原告の余命期間は、主として職業介護人による介護が行われる蓋然性が高いことから、日額2万円を相当とし、合計8747万2565円が認められた。
被告が保有し、運転する普通乗用自動車と、原告が運転する原動機付自転車とが衝突し原告が負傷した事案。
この事案では、原告(男・事故時17歳(高校2年生)・症状固定時19歳)の後遺障害の有無につき、症状経過、検査所見等より、事故により頭部を打撲し、軽度の意識障害を生じたこと、急性期の画像上脳に器質的損傷が認められること、記憶障害、注意・集中力障害などの高次脳機能障害の典型的症状が事故後から生じていることから、事故によるびまん性軸索損傷ないし局所性脳損傷の発生、及びこれによる高次脳機能障害の後遺症残存を認め、症状固定後の悪化は事故と相当因果関係が認められないとしたうえで、生活状況等にも鑑み、同人に記憶や注意力、新規学習能力等の障害は存在するものの、職場の理解と援助のもと単純作業に限定した一般就労までが困難とは認められないとして、後遺障害の程度につき3級と5級の間に相当すると認定された。
そして、原告の将来介護費につき、基本的な日常生活動作は自立しているが、火の取扱い、金銭管理、初めての場所への付添等については看視・声かけが必要であること、易怒性のため暴力をふるうこともあり対人関係にも注意を要すること等から、時に応じた親族による付添が必要であるとして、平均余命期間の全期間を通じて月額2万円の将来介護費を損害と認め、454万3008円が認められた。
被告運転の普通乗用自動車と原告運転の普通自動2輪車との間で発生した交通事故により、原告が受傷した事案。
この事案では、交通事故により、びまん性脳損傷、右肩胛骨骨折等の重傷を負い、高次脳機能障害、右肩胛骨の変形障害、右肩関節の可動域制限、これに関連して右肩関節の動作時痛の後遺障害が残り、併合4級の認定を受けた原告の将来介護費について、原告は、日常生活動作、すなわち屋内外における歩行、更衣、食事、排便、排尿は自立しているものの、記憶障害、持続力・集中力・問題解決能力が著しく低下し、活動力の低下、感情易変、易怒性、暴言、暴力などが見られること、具体的には、ほぼ一日中ベッドで過ごすことがあったり、排便・排尿時にトイレを汚すが、汚したことを忘れたり、食事をしたことを忘れて食事を要求するが、これを拒否すると怒り出して暴力をふるうことがあったり、入浴時には肩関節の可動域の制限もあいまってきちんと体を洗うことができなかったりすること、そのため、日常生活動作を行うにしろ、原告の母及び妻が見守り、声がけ、援助をするなどしなければならず、外出についても一人ではできず、付添が必要なこと、このような状況は、本件事故後約四年近く経過した現在でも変化はないことなどが認められ、これらの経過からすると、原告には、随時見守り、声かけ、付添等が平均余命の46年にわたって必要であるとして、1日当たり3000円を基礎として将来の付添介護費として1957万8600円が認められた。