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CT,MRI画像所見なし、意識障害なし、されど高次脳機能障害の症状を発症している事案について

1、問題点:高次脳機能障害を発症しているのに、賠償してもらえない

高次脳機能障害の後遺障害等級認定では、まず、
ⅰ MRI、CT画像所見の有無
ⅱ 事故直後の意識障害の有無
によって、以下の通り分類されています。

脳の障害=2分類
①→器質性の障害(画像所見有り、或いは事故直後の意識障害有り) 1級~9級
②→非器質性の障害(画像所見はない、意識障害もなし。異常は生じている)12級か14級

保険金の支払いが伴う以上、MRI,CTという科学性がはっきりした検査方法によって判断していくという運用なのです。ですから、

① 急性期に病院でCT画像検査程度しかやっておらず、時間が経ってから頭部MRI検査をしたりしたが、画像所見としては異常なしと言われた。

② また、交通事故で頭部を強打しているものの、緊急搬送された病院の記録上、意識障害に陥っていたという記録もない。

①、②の条件を満たしている場合、高次脳機能障害の症状を発症しているとお医者さんが判断しているにも関わらず、保険会社には交通事故で「高次脳機能障害を発症した」とは認定してもらえず、後遺障害等級も14級9号の「局部に神経症状を残すもの」程度の認定にとどまり、賠償金の提示も極端に低い提示になりがちです。

2、問題の解決方法

(1)自賠責保険に異議申し立てをしてもダメ

後遺障害等級認定に対して異議を申し立てることは、時間のムダになってしまうのが現実です。なぜなら、
自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会は、平成19年2月2日付け報告書(甲15の1)の11頁中段、10行目以下に次のとおり見解を述べています。

「当委員会の判断としては、現在臨床において一般的に実施されているCT,MRI等の検査において外傷の存在を裏付ける異常所見がなく、かつ、相当程度の意識障害の存在も確認できない事例について、脳外傷による高次脳機能障害の素材を確認する信頼性のある手法があると結論するには至らなかった。 

従って、当面、従前のような画像検査の所見や意識障害の状態に着目して外傷による高次脳機能障害の有無を判定する手法を継続すべきこととなる。」

「従って、労災補償における障害認定基準にあるとおり『高次脳機能障害は、脳の器質的病変に基づくものであることから、CT、MRI等によりその存在が認められることが必要』とする考え方を維持すべきであるというのが当委員会の結論である」

つまるところ、損保料率機構自賠責損害調査事務所の認定実務によれば、事故直後に意識障害がなく、頭部CT及びMRI画像所見が得られない場合には、高次脳機能障害を発症したとして後遺障害等級認定されることはないということになるのです。

こういう運用がなされているので、自賠責に異議申し立てをしても時間のムダになるのです。

(2)審査される以上、異議申し立てしたいというよくある声

ご相談者様としては、異議申し立てをせずに訴訟というと心理的抵抗を示す方も多くいます。
しかし、結論として、高次脳機能障害以外の部位で異議が認められることはあっても、自賠責の運用はなかなか変わらないのです。
参考までに、自賠責保険-高次脳機能障害専門部会での審査・認定システムを記載します。

STEP0 ~そもそも審査する必要性があるか~

以下の5条件の1つ以上に該当すれば、自賠責保険審査会の高次脳機能障害専門部会での審査の対象になります。

① 初診時に「頭部外傷」を意味する診断があったこと OR

② 頭部外傷後に重い意識障害が6時間以上あったか、軽い意識障害が1週間以上、継続していたこと OR

a半昏睡ないし昏睡で、開眼・応答しない状態(JCSで3桁、GCS8点以下)が少なくとも6時間以上続くこと
b軽度意識障害(JCS1ないし2桁、GCS13ないし14点が少なくとも1週間以上続くこと)

③ 診断書に高次脳機能障害、脳挫傷、びまん性軸索損傷等の記載があること OR

④ 診断書に、高次脳機能障害を示す典型的な症状の記載がある、知能検査、記憶検査等の神経心理学的検査で異常が明らかとなっていること OR

⑤ 頭部画像上、初診時の脳外傷が明らかで、少なくとも3か月以内に脳室拡大、脳萎縮が確認されたこと

→これらの条件の一つに該当する以上、審査自体は始まるのですが、えてしてさんざん時間が経過した末に「前回の結論通り」という結末に終わるのです。

MRI所見上は「異常なし」とされていても、白質病変が見られたり、室拡大、海馬萎縮など、異常を推測させる様な何らかの所見が得られているのであれば、訴訟を起こして裁判所の判断を仰いだ方が良いと思っています。

3、民事訴訟による解決-高次脳機能障害発症を認めてもらって和解している事例は複数あります!

(1)民事裁判例

① 実情:大半の裁判例では、高次脳機能障害発症を否定されている。

② 札幌高裁平成18年5月26日判決(肯定例)
事故前には成績優秀だった女の子が被害にあった事案

→高次脳機能障害の定義、症状、被害者の事故前の状況、当該事故の状況、被害者の状況、その後の被害者の状況、診療経過、鑑定の結果等を総合考慮して、事故により高次脳機能障害を負ったと判断した。

→当裁判所の判断は、司法上の判断であり、医学上の厳密な意味での科学的判断ではなく、本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも検討し、なおかつ、外傷性による高次脳機能障害は・・・現在の臨床現場では脳機能障害と認識されにくい場合」や「昏睡や外見上の所見を伴わない場合は、その診断が極めて困難となる場合」があり得るため、真に高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける場合があることをも考慮し、当裁判所は、控訴人が本件事故により高次脳機能障害を負ったと判断する。

③ 大阪高裁平成21年3月26日判決(肯定例)
→「びまん性軸索損傷が生じた場合であっても意識障害が早期に回復する場合もあり、また、異常所見が認められない場合もあることから、その診断が困難である。」

→「器質性の高次脳機能障害の判断基準については、画像所見に基づく医学検査の結果を1つの要素としつつも、事故態様、事故後の被害者の治療状況、被害者の事故前後の状況の比較等を総合的に考慮して判断すべきである」として、

→事故態様、意識障害、事故後の症状、知能検査、SPECT検査、医師の診断の推移などを具体的に考慮し、事故後の症状は高次脳機能障害の症状であると認めることができ」ると判断した。

(2)当事務所の和解の一例

当事務所でも高次脳機能障害案件は、少なからず携わり続けてきました。一番難易度が高いと言ってもよい、画像所見なし、意識障害なしの事案ですと、裁判を起こして裁判和解というのは完全敗訴リスクを避けつつ、不当に低額で示談という結末を避けるという意味で良いと思っています。

① 名古屋地裁-某支部(数年がかりの裁判でした・・・)
画像所見、意識障害なしの事案で、高次脳機能障害発症を前提に和解
自賠責では12級→裁判では9級相当として和解

バイクのヘルメットの傷、IMZ-SPECT検査結果、県拠点病院の医師による意見書、各種検査データ、医師の診断の推移、事故後の生活状況の激変ぶりが考慮されたと思います。

② 京都地裁(平成29年中)
画像所見、意識障害なしの事案で、高次脳機能障害発症を前提に和解
自賠責では高次脳機能障害発症を否定→

刑事記録の頭部をめちゃくちゃ打ってる記録、IMZ-SPECT検査結果、脳血流検査、各種検査データ、医師の診断の推移、事故後の生活状況の激変ぶりが考慮されたと思います。

4、画像所見なし、意識障害なしであっても、交通事故によって高次脳機能障害を発症したと主張する際の因果関係の判断基準について

この種の事案では、患者さんやご家族は、脳血流SPECTやPET検査、脳波などの検査結果の異常を根拠に「高次脳機能障害発症について画像所見による裏付けがある」と主張しがちで、この分野に詳しくない弁護士は、依頼者の主張をそのまま追従しがちです。

しかし、そのような主張は、保険会社の代理人から、各種検査の信用性が不確かなものであるという反論を受け、裁判所に主張を通してもらえなかったという話はよくあるご相談だったりします。

日本裁判例史上、数が少ない実質勝訴事例は、あくまでも各種事情を総合考慮するという判断枠組みをとっているので、その枠組みにのっとった主張を展開すべきだと思います。

一般論として、民法709条以下に定める不法行為による損害賠償請求の規定では、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」したことが要件とされており、加害行為と損害との間に相当因果関係が認められることが必要とされています。

そして、訴訟上の因果関係の立証については、最高裁判例上、「一点の疑義も許されてない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いをさしはさまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれで足りる」として、我が国の民事裁判は運用されてきました(最判昭和50年10月24日,東大ルンバールショック事件判決、最判平成11年2月25日)。

そもそも、高次脳機能障害の特徴的臨床像は、a多彩な認知障害、b行動障害およびc人格変化にあるとされることは既述のとおりです。

また、高次脳機能障害の定義としては、知覚、記憶、学習、思考、判断などの認知過程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能の総称である認知機能(高次脳機能)が、病気(脳血管障害、脳症、脳炎等)や事故(脳外傷)による脳損傷によって、認知過程・認知機能そのものに障害が起きた状態などと定義付けられることも既に述べたとおりです。

とすると、上述の高次脳機能障害の特徴的臨床像及び定義内容からすれば、一般に交通事故により高次脳機能障害を発症したか否かの法的判断に際しては、単に頭部CT及びMRI画像所見並びに意識障害の有無・程度という要件を充足するか否かのみで判断するのではなく、

α 事故態様及び事故状況に鑑みての頭部外傷の有無
β 意識障害の有無・程度
γ 事故前との比較による日常生活上のa多彩な認知障害(知覚、記憶、
学習、思考、判断)、b 行動障害の発現及びc 人格変化の有無
δ 神経心理学的検査結果
ε 頭部CT,MRI画像所見を始めとする客観性のある検査所見の内容
ζ 診察医による具体的な所見の推移

等の事故前後にあらわれた全ての事情を総合考慮したうえで、経験則に照らして全証拠を総合検討し、当該交通事故により事故の被害者が高次脳機能障害を発症したことを是認しうる高度の蓋然性が立証されているか否かを個別具体的に判断していかなければならないはずなのです。

自賠責保険における高次脳機能障害認定実務は、大量の案件を迅速に処理することを役割の一つとしているため、MRI画像所見、頭部CT画像所見や意識障害に関する定型の資料のみから判断せざるを得ない運用がなされているに過ぎず、行政の運用では救済されない少数者にとって権利擁護のための最後の砦である裁判所は、決して自賠責保険における判断を尊重してはならず、自由な心証形成によって事実認定をしていかなければならないというのが本来的な司法の世界での判断の在り方だと思うのです。

5、意識障害について

(1)意識障害の深度分類(JCS、ジャパン コーマ スケールとは)

JCS(Japan Coma Scale)とは、日本で主に使用される意識障害の深度(意識レベル)分類であり、覚醒している場合には1桁の点数で表現され、「0 意識清明 1 見当識は保たれているが意識清明ではない 2 見当識障害がある 3 自分の名前・生年月日が言えない」の4段階に分類されます。

(2)救急隊の記録や刑事記録を取り寄せてみる

救急搬送後の病院での記録には意識清明とあっても、各市町村から、救 急隊の記録を読むと「JCS2」といった記録がなされていることが多く、見当識障害レベルには陥っていた時間があったと推定できることがあります。

また、刑事事件の記録のうち、目撃証言、事故直後の供述調書を辿っていくと被害者が意識を失っていたというくだりが見つかることも多々あります。

(3)意識という概念の曖昧さ

そもそも意識とは、医学的にも一義的明確に定義付けられているものではなく(文献:脳神経外科学Ⅰ,230頁目以下)、自己のアイデンティティーと見当識が正常であることが最低限の正常意識内容であるとされています。

そして、意識障害は、脳幹部網様体及び視床下部と、大脳皮質との回路のどこかが障害されれば起こるとされ、意識障害レベルの分類は至難の業とされているものの、従来の分類法として指摘されているBritish Medical Research Councilの分類法によっても、JCSを含むコーマスケール・スコアによる意識レベルの分類法によっても「せん妄:見当識障害」がある状態は、意識障害に含まれて分類されています。

6、新しい検査・解析手法の1つ-I-IMZ-SPECTやSEE解析

(1)イオマゼニルSPECT検査

一般に、脳SPECT検査とは「被験者に放射性物質を投与し脳内分布から脳の働きを調べる手法」と言われています。

I-IMZ(Iomazenil)SPECT検査は、この放射性物質(トレーサーと呼ばれる)を、123I-IMZ(Iomazenil:169MBq)イオマゼニルとしたもので、脳血流ではなく、脳内の皮質神経細胞の脱落状況を測定することが出来る検査です。

検査の原理としては、脳細胞の表面には、中枢性ベンゾジアゼピン受容体という物質が広く分布しているところ、123I-IMZは、この中枢性ベンゾジアゼピン受容体と親和性を持っているため(付着する性質を持っているため)、中枢性ベンゾジアゼピン受容体を標識するマーカーの役割を持ちます。

脳が損傷を受けると損傷した部位の脳細胞は脱落が生じ、当然、脳細胞表面に存在する中枢性ベンゾジアゼピン受容体も脱落することとなる。脱落した中枢性ベンゾジアゼピン受容体は123I-IMZと親和されないので、マークがされない。

IMZ- SPECT検査は、上記の特色を利用し、123I-IMZの分布している箇所と分布していない箇所とを画像化する検査方法なのです(中枢性ベンゾジアゼピン受容体が存在せず、脳損傷が起こっている部位はIMZが親和されないので黒く表示される)。

(2)統計学的画像解析(3D-SSP)について

脳SPECT検査で得られた画像解析は、読影に医師の主観が入り込むことに起因する過った判断がなされかねないといった問題が有ります。

近時、読影に医師の主観が入り込むという問題点を解決するため、SPECT検査で得られた画像を、統計学的画像解析(3D-SSP)するという解析手法の有用性が指摘されています。

統計学的画像解析とは、形が異なる個々人の脳を比較するために、
a予め健常者複数(健常者群)から得て作成した「標準(正常)脳のデータ」と、
b被験者の「損傷した脳」の形や大きさを標準化して得たデータを比較解析する手法であり、同じ座標系で標準化されたデータ同士を、コンピューター上で画像を扱う場合の画像の最小単位・要素であるピクセル(pixcel)単位で比較するという点で、皮質神経細胞密度の低下(脱落)した部位を医師の主観によることなく分析・調査する解析手法なのです。

(3)SEE解析について

イオマゼニルSPECT検査結果を、3D-SSP解析により脳細胞密度の減少が有意と判定された部位を視覚的に把握することが出来るよう解析するという手法がありますが、さらに、被験者の脳細胞が、健常者群の脳細胞にくらべ、どの程度脱落しているかを「数値によって示す」解析方法としてSEE解析という手法が用いられています。

具体的には、健常者データベースと被験者データベースとのピクセル数を比較し、有意な脱落を数値(%)として算出していきます。

SEE解析は、3D-SSPにおいて有意な脱落(Z-Score2以上)が認められる箇所につき、さらに、その程度を調査し、数値化するという点で読影者の主観といった事情が排除される解析手法と言われています。

7、思うこと

「頭部CT、MRI画像所見なし、意識障害の記録もなし」されど「高次脳機能障害の症状発症」という条件が揃うと、保険会社は、なかなか被害者が思う様な賠償には応じてきません。

しかし、新しい検査手法を模索する医師も存在しますし、MRIで異常が認められなくても、室拡大や海馬萎縮と動作性IQ低下や言語性IQ低下などとの関連性を示唆する報告も存在します。

現状、この種の事案では、たとえ断片的なものであっても、関連性を示唆する情報を集めて裁判を起こし、裁判所の勧告する和解案で解決するというのが一番良いのではないか、と思います。

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